やわらか図書館学

主に大学図書館のデザイン・広報に関するブログです。

図書館と「学術情報アナリスト」


「かたつむりは〜」さんの下記のエントリーを読んで思ったこと
"2020年には世界の論文の90%はOpen Accessになり、そのほとんどはPLoS ONEのようなOAメガジャーナルに掲載される?"「OAメガジャーナルの興隆」(第5回SPARC Japanセミナー2011) - かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

  • 不勉強なので久しぶりにこういうまじめな話に触れましたが、なるほどなぁ今こういう風になってるんだぁと勉強になりました。
  • 機関リポジトリは何となく先行き明るくないよなぁと思っていたが、こういう形で劣勢にたたされるとは思ってなかった。もう少しyoutube的な自由に投稿、みんなで評価みたいな形になっていくのかと思ってましたが、商業誌ががっちりやる形式なんだなぁと。
  • 前々から少しこの学術情報流通業界(?)って不思議だったんですが、なんとなく意味がわかった気がしました。基本的に学術情報流通のステークホルダーって出版社と研究者だろうに、外の人がそれを分析することにどれほどの意味があるのかなぁ、と思ってたんですが、あぁ、そうかこれはアナリストと同じか、「学術情報アナリスト」なんだなと。経済アナリストは生産者でも消費者でもないですが、経済に少なからず影響を与えてます。投資家が経済アナリストの言うことを参考に投資する株を選択し、それが経済に影響を与えるように、「学術情報アナリスト」の人たちの分析が図書館の人たちの資料選択に影響を与えるなどして、それが学術情報流通全体に影響を与えるんだなぁと。勝手な理解で怒られるかもしれませんが、しっくりきました。
  • 個人的には下記の安達先生の発言が一番刺さりました。ほんとだー、OA無料だヤッホーといいつつ、むしろ優れた研究者が多い研究機関は、機関としてみたら負担増にすらなりかねないジャマイカと。あらびっくり。

安達先生:マクロに見ると多くの研究は国民の税金で行われている。それゆえのOAでもある。しかし今日のお話からすると、OAはパイオニアの努力があったにせよ、商業として成り立つモデルになっている。図書館が電子ジャーナルを買っていればその金額がコストであるわけだが、仮に100%OA雑誌になってしまえば、そのコストは研究者の経費の中に消えて見えなくなる。統計的にはAPCに何億円使われているか把握することすら困難になるはずだ。従来、購読料の高騰については大学図書館が把握していたが、今後はそれが見えない形になるのではないか。研究者は自身の成果を最大にする最大限の努力をするので、出版にコストがかかっても予算を取っていれば出すだろう。OAが始まった際に問題になった、出版の合理化がどう行われているか見えづらくなってしまうのではないか。PLoSは非営利を銘打っているし、多くの学会出版も非営利。しかしIEEEは営利目的と言っている、エンジニアの利益のために、としている。その中で適切に研究が行われそれが市民に還元されているかという、Public Accessの面については、今日のお話を伺うとよくわからなくなってしまうのではないか? この辺・・・もう少し合理的に学術コミュニケーションに寄与する、というのがOAの当初の意図だと思うが、そういうのはもう吹っ飛んだ?

"2020年には世界の論文の90%はOpen Accessになり、そのほとんどはPLoS ONEのようなOAメガジャーナルに掲載される?"「OAメガジャーナルの興隆」(第5回SPARC Japanセミナー2011) - かたつむりは電子図書館の夢をみるか(はてなブログ版)

ということで、今日ちょうど、長めの文章はtwitterに書くより、ブログに書くほうがいいみたいなエントリー(3連続でTwitterに書くぐらいならブログで書いたほうがいい - ARTIFACT@はてブロ)を見たこともあり、少しメモしてみました。本当にただの感想で文章も汚いですが、そこは「やわらか」ということでご勘弁ください。ホント長い文章書ける人は尊敬します。
それでは。