先日、以下の記事が話題になっていました。自分もなんとなく一度読んだような覚えがあったのですが、もともとは2015年に書かれた記事だったようです。
こちらの記事には東大の石井教育学部長（当時）の学部卒業式の式辞が引用全文掲載されていますが、その式辞の東大ウェブサイトでのアーカイブがこちらです。
詳しい内容は、実際に読んでいただければと思いますが、この式辞の中で紹介されている、1964年の東大の卒業式で大河内総長（当時）が語ったとされる「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」という言葉にまつわるお話が、学生さんの情報リテラシーの課題や新聞データベースの練習問題などにちょうど良さげなように思いました。
マスコミは本当はどう報じたのか
この「肥ったブタより〜」は、一般的に大河内総長（当時）自身の言葉であると勘違いされているらしいのですが、その理由として、
マスコミはまるでこれが大河内総長自身の言葉であるかのように報道してしまった。*1
と式辞のなかで石井先生は仰られています。
これだけ聞くと「マスコミはしょうがないにゃあ」と思ってしまうのですが、聞蔵で当時の朝日新聞を見てみると、以下のように書かれています。
むかし、J・Sミルが「ふとったブタよりやせたソクラテスになりたい」といったことがある。*2
というわけで、少なくとも朝日新聞では「肥ったブタより〜」はJ・Sミルの言葉として紹介されていることがわかり、「しょうがないにゃあ」は濡れ衣であることがわかります。
私は肥ったブタなので、他の新聞を調べていませんが、課題として他紙を調べてみるなどすると、マスコミは実際にはどのように報じていたのか、また、同じ出来事でもいかに新聞ごとに異なる書かれ方をするか、ということの学習になるのでは、と思いました。
なぜ大河内総長は読み飛ばしてしまったのか
次のミステリーです。
石井先生の式辞によると「肥ったブタより〜」という言葉は原稿には書かれていたのですが、実際には、
原稿には確かに書き込まれていたのだけれども、あとで自分の記憶違いに気づいて意図的に落としたのか、あるいは単にうっかりしただけなのか、とにかく本番では省略してしまった。*3
そうです。
へ〜なんで読まなかったんだろ〜、という感じですが、別の日の朝日新聞にて、大河内総長ご自身によって真相が語られていました。
慣例として卒業式の行われる大講堂には大勢のカメラマンが入るので、写真のフラッシュやテレビ・カメラのためのきついライトがやたらに照される。そこで小さな文字で書かれた私の作文の原稿は、写真班の次々にたくフラッシュや明滅する強烈なライトのために、読むことが出来ず、テーブルの上に置かれたままになった。*4
ということで、マスコミのライトが眩しくて読み落としてしまった、ということらしいです。
自分の場合、たまたま雑な検索に引っかかって見つけただけですが、こうした真相を調べてみるというのも課題として面白いかもしれません。
ちなみに、実際には読まなかったのに新聞に出ていたということで、「マスコミは（略）」と思われるかもしれませんが、その理由もこちらの記事に書かれていますので、ぜひ読んでみてください。
他にも、J・Sミルの「功利主義論」やニーチェの「ツアラストゥラ」の原文に当たってみるなど、この式辞は情報リテラシーのバーゲンセールです。（もちろん式辞全体の論旨も。）
なにより東大の総長の言葉というのがエモいので、結構、学生さんにも興味を持ってもらいやすいのではないかと思い、ご紹介させていただきました。（本当はただ聞蔵で検索してみたら面白かっただけ。）
お相手はやわらか図書館学でした。
参考
- アイキャッチ：Pexels
- 朝日新聞記事データベース 聞蔵II
この記事と関係があるエントリー
*1:石井洋次郎「平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞」東京大学，2015年7月24日更新 （最終閲覧日：2018年3月30）
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/history/dean/2013-2015/h27.3.25ishii.html
*2:『朝日新聞』1964年3月18日夕刊10面「“やせたソクラテスたれ”東大卒業式・大河内学長告辞＿学校・学生」
*3:石井洋次郎「平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞」東京大学，2015年7月24日更新 （最終閲覧日：2018年3月30）
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/history/dean/2013-2015/h27.3.25ishii.html
*4:『朝日新聞』1964年4月15日朝刊11面「記豚とソクラテス 予定原稿を読み落す 卒業式の告辞あれこれ＿学芸」
