やわらか図書館学

主に大学図書館のデザイン・広報に関するブログです。

「子どもに読ませたい本」から感じる違和感

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どこかの図書館で「子どもに読ませたい本 〜 選」といったようなリーフレットが作られたというニュースを目にしました。この「読ませたい本」という表現に少し違和感を感じたので、その違和感について考えてみたいと思います。

特にそのリーフレットを非難する意図はなく、今後、自分が企画を考えるときのためにちょっと考えておきたいなという程度です。コピーの本にも「なんかいいよね。」ではダメで「なぜそれをよいと感じたのか。」を考えることが大事なんだとありました。

 

どうして違和感を感じたのか?

単に自分がひねくれているだけかもしれませんが、 自分が違和感を感じたポイントは主に下記の3点です。

  • 「読ませたい」から"want"をとると「読ませる」になり、強制っぽい。
  • 「読ませたい本」があるということは「読ませたくない本」もあるのかと勘ぐってしまう。
  • どうして「読ませたい」のか目的がわからないので、何か意図があるのではと不安になる。 

恐らくテーマが「子どもに読ませたい(読んでほしい)」っていうバクッとしたテーマなので、具体的なオススメ理由とかも書きづらく、なぜたくさんの素敵な本がある中で、その本なのかということが見えづらい感じになっているのかなと思います。

 

対象を絞って紹介してみる

そこで、もう少し対象を具体的に絞って、こういう人にこれこれこういう理由でオススメです、としてみると、もう少しいい感じになるのでしょうか。

  • ネコ好きの子におすすめするネコが出てくる絵本〜選
  • 新米ママにおすすめする読み聞かせしやすい絵本〜選

多少、親しみやすくなった気はするのですが、なんとなく、無色透明のオブラートからイチゴ味のオブラートに変えただけのように、根っこの部分の違和感は変わっていないようにも感じます。

おそらく図書館で働いているから余計にでしょうか、「何を読むのも自由だ」と考えてしまい、「読むべき本を紹介する」という行為そのものに多少のグロテスクさを感じてしまうのだろうなと思います。

 

ビブリオバトルのように紹介してみる

とはいえ、読書機会を広げるという意味で、本を紹介すること自体は、とてもいいことなのではないかなぁと思いますので、もう少しいい紹介の仕方はないかなと考えたとき、ヒントとなったのがビブリオバトルです。ビブリオバトルで本を紹介されることには、ここまであげてきたような違和感はありません。

それは、ビブリオバトルでなされる本の紹介は、どこまでいってもあくまで「読者個人の感想」で、徹底的に主観的なものだから逆に信用できる、ということなのではないかなと思いました。

ということは、

  • 司書の鈴木さんがお勧めするこの一冊

とかそういう野菜売り場の農家さんみたいな紹介の仕方にするとか、

  • 新米パパが選ぶ子どもの喜んだ一冊

など、紹介される人と同じ立場の人に紹介していただくとかでしょうか。

う〜む。もう少し考える必要ありですね。

 

まとまりのないまとめ

というわけで、全然結論めいたものは出ないのですが、少なくともあまり押し付けがましくならないよう、自分が企画を考える際も気をつけたいなと思いました。

それではでは。

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